これはサンプル文章です。
吾輩はパンである。名前はまだ無い。
どこで焼かれたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いオーブンの中でじりじり熱されていたことだけは記憶している。
吾輩はここで初めて人間というものを見た。しかもあとで聞くと、それはパン屋という人間中で一番熱心に我々を消費する種族であったそうだ。
このパン屋というのは時々吾輩の同胞を焼いてバターを塗ってはむしゃむしゃと食すという話である。しかしその当時は何という考えもなかったから、別段恐ろしいとも思わなかった。
ただトングに挟まれてスーとトレーに載せられた時、何だかヒヤリとした感じがあったばかりである。
トレーの上で少し落ち着いて店主の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始めであろう。
この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。第一、小麦粉でできた自分から見ると、あの皮膚というものがあまりにも生々しく、しっとりしている。まるで発酵前の生地だ。その後、何枚かのトーストと出会ったが、こんな生っぽい存在は一度も見たことがない。